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2010/01/31

Dr.パルナサスの鏡

 

20091031124852538_2 《劇場鑑賞》

 

 とうとう公開された。。。

 ヒース・レジャーの最後の作品。

 摩訶不思議な世界へようこそ。

 

 A Film from Heath Ledger & Friends

 

 

 

 

 

 

2007年、現代のロンドンに、
そこだけ時代が遡ったような旅芸人の一座が現れる。

一座は、1000歳を超えるというパルナサス博士(クリストファー・プラマー)と、
もうすぐ16歳になる博士の娘ヴァレンティナ(リリー・コール)と、
アントン(アンドリュー・ガーフィールド)という青年と、
小男のパーシー(ヴァーン・トロイヤー)の4人。

幻想館という一座の出し物は、「イマジナリウム」。
博士がトランス状態になった時に、幻想館の鏡の中に入ると、
自分の願望が生み出した、摩訶不思議な世界が待っているというものだ。

時代錯誤とも思える幻想館には、ほとんど客も寄ってこない。
そんなある夜、一座は橋の下に吊るされた男を助ける。
息を吹き返した男、トニー(ヒース・レジャー)は、
命を助けてもらったお礼に、幻想館で働く事になる。

何か秘密があるようなトニーだったが、
秘密を抱えていたのは、パルナサス博士も同様だった。

博士は、遥か昔、
永遠の命と引き換えに、悪魔のニック(トム・ウェイツ)と取引をしていた。
その取引とは、娘が16歳になったら悪魔に差し出すというものだった。

 

どこまでも芝居がかったような「幻想館」と、現実世界のダークな映像と、
鏡の中の鮮やかなおとぎ話のような映像。

永遠の命を持ちながらも悶々と俗にまみれるパルナサス博士と、
悪魔というにはあまりにも飄々としたニック。

自分とは正反対の生活に憧れる美しい娘ヴァルと、
彼女に恋心を抱きながらもうまく伝えられないアントン。

人間は、一瞬一瞬選択に迫られながら生きている。
その選択を、自覚していようが自覚していまいが、
小さな選択と大きな選択を、繰り返しながら生きている。

そして、その選択が小さな物語を生み、
小さな物語の積み重ねが、大きな物語になる。
一人一人の物語の積み重ねが、世界の物語になる。

テリー・ギリアムの物語の世界を漂いながら、
そんな事を思った。

これは、テリー・ギリアムがパルナサス博士に語らせた、
果てしなく続く、ギリアムの物語。

 

その物語の中で、ヒース・レジャーは、
変わらぬ人懐っこい笑みを浮かべ、すらりとした立ち姿で、
善人なのか悪人なのかわからない男を、魅力的に演じている。

ジョーカーの暗さをどこかに匂わせ、
カサノバのような人たらしの雰囲気を漂わせながら。

本当に、ヒースの新作を見られるのはこれで最後、
などとは全く信じられない、生き生きとした姿を見せてくれている。
もし、この作品を最後まで演じられていたら、
ヒースは、“ジョーカー”から解放されたんじゃないか…
などと思ったりしてしまう。

でも、そんな感想だって、
色々な報道から勝手に憶測しているだけであって、

「違う違う!ちょっと間違っちゃっただけなんだ。
僕の失敗で、こんな事になっちゃってゴメン!」

なんて、ヒースは案外気楽に空から見ているのかもしれない。

とはいえ28歳。
無念であっただろうし、私たちももっともっとヒースを見たかった。
これが最後になる、大スクリーンでのヒース・レジャーの姿。
とりあえず、2回観にいった。
あと何回いけるか、スクリーンのヒースに会いにいきたいと思う。

 

ヒースの死後、彼と親交のあった俳優たち、
ジョニー・デップ、ジュード・ロウ、コリン・ファレルの3人が、
鏡の中の世界のトニーを演じる事で完成した作品であることは、
もう、改めて言うまでもない事。

でも、実際の作品を見るまでは、
ここまで自然に物語りに沿うようだとは、思ってもいなかった。

いつもの英国紳士らしさとは一味違ったジュードも、
正直、あまり好みでないコリン・ファレルも、
仕草だったり雰囲気だったりが、どこかヒースを思い起こさせる。

そして、ジョニー・デップ。

今まで、ヒースとジョニーを比べるような記事も書いたことがあるけれど、
それは決して、容姿が似ていると思っていたわけではなく、
ヒースに、若い頃のジョニーと似たような匂い、
例えば、作品に対するスタンスや反骨心的なものを感じていたから。

でも、今回、思いがけない形ではあるものの同じ作品で二人を見て、
ドキッとするほど、何気ない横顔やふとした表情が似ている事に驚いた。
ホントに似てる。。。

短い出演時間だったが、
この作品にジョニー・デップが関わってくれて、なんだか嬉しかった。

 

永遠に続く命と、永遠に続く物語。
そして、儚い命と儚い絆。

現実世界のトニーは、あの後どうしたのだろう。
それとも、あれは現実だったのか。

もし、ヒースが最後までトニーを演じていたなら、
もう少しトニーの行く末を知る事ができたのだろうか…

 

 

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コメント

こんにちは、私は通い続けてますが見るたびにヒースの
生き生きとした演技に魅了されています。

あははっ確かにどこかジョカーのような、カサノバのような・・・
でも全然違うトニーという男。
人間のもついやらしさを(欲望とかいい人に思われたいとか)
存分に表現していたと思います。
ヒースらしさいっぱいでユーモアのセンスも抜群だし
(ただのファン目線か 笑)見ているときはとても
楽しい気分になります。

この映画はまるで最初から入れ替わるのが決まっていたかのように
自然で違和感の無い出来でしたね。

トニーのたどる結末があのようになるとは思わなかったけど・・・

ほんと最後まで演じさせてあげたかった。
天国から笑って観ていてくれると信じたいです。

投稿: ばちろう | 2010/02/14 12:50

ばちろう様

ばちさん、ご無沙汰してゴメンナサイ!
記事を書き上げた時に、お邪魔しよう!と思っていたのに、
結局、グダグダでお邪魔できないままになっちゃいました。

私は、2月に長男と3回目に行きました。
ホント、何度観てもヒースの姿を追ってしまいますね!

>この映画はまるで最初から入れ替わるのが決まっていたかのように
 自然で違和感の無い出来でしたね。

そうそう、入れ替わらなかったらどんな仕上がりになっていたのか
想像つかないほど、自然です。

>ほんと最後まで演じさせてあげたかった。
 天国から笑って観ていてくれると信じたいです。

もう、ヒースの新作を観られないのは残念で寂しいけれど、
これまでヒースが残してくれた作品を、
大切にしていきたいですね。

ジョニーが作品の中で言った台詞。
「歳をとることも老いる事もない、永遠の存在」
(はっきりと覚えてないのでニュアンスで。苦笑)

あと何回、大スクリーンのヒースに会いにいけるかな~

投稿: ri | 2010/02/14 15:02

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